×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

速 記 の 歴 史

ホームへ

区切り線

Q1 世界で速記が使われ始めたのは、いつごろ?
Q2 そのころの速記って、今と同じ?
Q3 それじゃ、日本はいつごろできたの?
Q4 日本の速記は、だれが考えたの?
Q5 「速記」っていう言葉は昔からあったの?
Q6 このHPで紹介している早稲田式は?
Q7 「速記文字とは?」にあった4大速記方式と言われる方式は?
Q8 話が変わるけど、速記が文学に与えた影響は大きいって聞いたことがあるけど?

区切り線


Q1 世界で速記が使われ始めたのは、いつごろ?
 何と、紀元前63年の古代ローマ時代に速記した記録が残されているんだよ。その前の紀元前400年の古代ギリシャ時代にも、アリストテレスに捧げたという速記文字の碑文が見つかっているんだけど、余り知られていないんだ。
↑一覧へ

Q2 そのころの速記って、今と同じ?
 ちょっと違うよ。紀元前63年の速記っていうのは政治家キケロの演説を速記者ティロという人が記録したんだけど、「Quo usque tandem abutere, Catilina, Patientia(カティリナよ、おまえは我々の忍耐をいかに長いこと浪費したことか)」と言ったのを普通文字の「QPN」という3つのアルファベットであらわしたんだ。だから、速記は速記だけど、線であらわす速記文字じゃなかったみたいだね。
 それから、ティロは奴隷と言われているけど、その当時の速記者は非常に高い知識を要求されて、地位が高く、収入も多く、皇帝になった人までいるんだよ。
↑一覧へ

Q3 それじゃ、日本はいつごろできたの?
 紀元前に比べるとかなり遅いけど、1882年(明治15年)なんだ。
 第一、日本で漢字が用いられるようになったのは7世紀初め(飛鳥時代)で、片仮名・平仮名は9世紀(平安時代)だからね。それに、紀元前の速記というのは、今話したようにその言葉の頭文字を取ったり組み合わせたりしたもので、現在のようにすべての言葉を書き取る線による速記法は、世界でも、日本と同じく19世紀(1837年イギリス)だよ。
↑一覧へ

Q4 日本の速記は、だれが考えたの?
 日本語の速記体系を発表したのは、田鎖綱紀(タクサリ・コウキ)という人だよ。明治15年10月28日に、この人が東京において第1回目の速記講習会を開いたんだ。これを記念して10月28日は「速記の日」となっているよ。いろいろ書かれている暦には載っているから、また見ておいてね。
 その後、未完成な部分もあったので、弟子たちの手によって実務に耐えられるようにどんどん改良されていって、いろんな方式が発表されていくことになるんだ。
 これより前に考えた人もいるんだけど、実務者を出さなかったので、田鎖綱紀が初めて日本の速記体系を発表した人と言われているんだ。
↑一覧へ

Q5 「速記」っていう言葉は昔からあったの?
 日本語速記の第一人者・田鎖綱紀は「日本傍聴記録法」と呼んでいて、「速記」という言葉は、1883年(明治16年)、新聞速記者であった矢野文雄(ヤノ・フミオ)が著書「経国美談」の巻末に「速記法ノコトヲ記ス」という一文とともに速記文字を紹介されたのが最初だよ。
 速記という言葉が定着するまで、傍聴筆記法、記音学、速書法、線状筆記法、言葉の写真法、言葉の早取写真、言語写真法等々、いろんな呼び方をされていたんだ。「言葉の写真法」なんて、おもしろいよね。
 世界に目を移すと、ショーハンド、フォノグラフィー、タキグラフィー、ライン・ライティング等、言われたりしているけど、「ステノグラフィー」というのが共通語のようだよ。
↑一覧へ

Q6 このHPで紹介している早稲田式は?
 1930年(昭和5年)に川口渉(カワグチ・ワタル)という人が考案したんだ。なぜ「早稲田式」と名つけたかって言うと、川口渉が早稲田大学の速記研究会で考えたからなんだ。
 早稲田式は、その当時発表されていた速記方式の長所をとり、短所を切り捨てて大衆の速記文字を目指してつくられたんだよ。
↑一覧へ

Q7 「速記文字とは?」にあった4大速記方式と言われる方式は?
 4大速記方式というのは、衆議院式・参議院式・早稲田式・中根式だったよね。早稲田式以外についても、簡単に紹介してみようか。
 衆議院式というのは、言うまでもなく国会の衆議院で使用されている方式なんだ。1918年(大正7年)に衆議院に附属する形で衆議院速記者養成所が設けられて、最初は田鎖綱紀の速記文字を教えていたんだけど、その後改良を加えられて、1939年(昭和14年)、西来路秀男(サイライジ・ヒデオ)の手によって現在の衆議院式に至っているんだよ。
 参議院式というのも、参議院で使用されている方式だよ。貴族院と言われていたころ、衆議院と同じく1918年(大正7年)に貴族院速記練習所(現参議院速記者養成所)が設けられて、やはり田鎖綱紀の速記文字を教えていたんだけど、改良されて1947年(昭和22年)、畑田明(ハタダ・アキラ)の手によって現在の参議院式になったんだ。
 なお、日本では1890年(明治23年)の第1回帝国議会からありのままの発言が速記録として記録されているんだよ。これは世界に誇るべきことなんだ。
 それから中根式というのは、1914年(大正3年)、京都理工科大学(現在の京都大学)に在学中の中根正親(ナカネ・マサチカ)が発表した方式だよ。その弟・正世(後に「正雄」に改名)が中根式を大成させ、全国の高校等を回って速記を普及を図ったんだ。だから、今でも高校の速記部には中根式が多いんだよ。
↑一覧へ

Q8 話が変わるけど、速記が文学に与えた影響は大きいって聞いたことがあるけど?
 聞いたことがある? そうなんだ。うれしいな。
 1884年(明治17年)に、落語家の初代三遊亭円朝が話した「牡丹灯籠(ボタンドウロウ)」を、田鎖綱紀の弟子である若林カン蔵(ワカバヤシ・カンゾウ)・酒井昇造(サカイ・ショウゾウ)という速記者が速記して「怪談牡丹灯籠」を出版したんだ。その当時の本は堅い、古い文体で書かれていて、一般の人々が読むには難しかったんだけど、話し言葉で書かれた速記本は読むだけでその話術が伝わってくるほどイキイキとしていて大評判になり、落語界から文学界へも影響を与えたんだよ。
 文学界で有名なのは、二葉亭四迷(フタバテイ・シメイ)の「浮雲」、山田美妙(ヤマダ・ビミョウ)の「風琴調一節(フウキンチョウイッセツ)」などで、話言葉と書き言葉が同じ文体という言文一致運動の先駆けとなっていったんだ。
↑一覧へ

トップへ  ホームへ